広島・東広島市西条の石材・墓石店「お墓の山口石彫」

【 継 承 】

2017-09-01

《 継 承 》

大島石を生んだ、悲運の石工から400年。

大島石 歴史3今から役400年前、徳川家康が藤堂高虎に、伊予の国(愛媛県)今治へ海城の建設を

命じました。砂地の上に石積みを行い、大変困難を伴う大事業を任せられた高虎は、

秀吉の大阪城築城で腕を磨いた石積名人・治衛門を棟梁の一人に任命。

城は1604年(慶弔9年)に完成しましたが、

彼らは石垣だけではなく秘密の抜け穴も造ったので、

情報漏洩を封じるため12人いた棟梁に処刑命令が出されました。

それを事前に知った治衛門は、夜一人で竹いかだにのって向かいの大島に逃れ、

島の一番高い山の中腹にある鐘突堂に身を潜め、処刑された友の冥福を一心に祈りました。

その山が現在、念仏山と呼ばれる由来です。

その後治衛門は、友を残してきた自らの償いと、無念に散った友への弔いの為、

山の石を切出し供養塔を作りました。

それが大島石の歴史の始まりです。

山口石彫株式会社

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